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虚言症(椎名林檎)

今日は椎名林檎女史の”虚言症”という曲について好き勝手に語ります。

まずこのタイトル!
虚言症ってどういうものか調べてみました。
「劣等感の変形。」とか「自分でも嘘かよくわからなくなっている傾向」とか「自傷行為」といった内容が出てきました。

この症状から「シドと白昼夢」の歌詞を連想しました。
”ジャニスイアンを自らと思い込んでいた 現実には本物がいるとわかっていた”
とか
”欲望も何も区別がつかなくなっていた
現実でもほとんど不確かだ”
という歌詞です。

これって虚言症の症状ではないでしょうか?・・


で、この曲は林檎さんがまだ中学生か高校生の頃に書いたみたいです。
ふと目にした新聞の記事に「線路で自殺をしようとした女子高生」のことが書かれていたみたいです。
そんなニュースが悲しくて歌にしたとのことです。
デビューしたしばらくが経ってから、あるインタビュー―で彼女は「今君のために歌うことだってできる」という歌詞を見て「なんて若いころは傲慢だったのでしょうww」と笑っていました。
大人になってしまったら理解できなくなるような感情までこの曲には残されているかもしれません。

では、そろそろ歌詞を見ていきましょう。

しかし何故にこんなにも眼が乾く気がするのかしらね
黄色の手一杯に広げられた地図には何もない

そして何故に 雨や人波にも傷つくのかしらね
魚の目をしているクラスメイトが敵では決してない


曲がいきなり「しかし何故・・・・・・」で始まっていますね。
「地図には何もない」とは「人生にはまるで何の夢もないみたい」という解釈ができそうです。
実際のところ人生は夢だらけなんでしょうけど、モラトリアム期の彼女、そして自殺を図った少女にとってはそうだったのでしょう。

どうして色んなことに心が傷つけられる必要があるのか・・・
目が死んでいるようなクラスメイトは敵でもないよ。

暗い気分の少女を諭すような、励ますような歌詞です。

線路上に寝転んでみたりしないで大丈夫
いま君のために歌うことだって できる
あたしは何時もボロボロで生きる


あたしは何時もボロボロっていうのはとにかく、それ以外の部分はそのままの意味です。
林檎さんはいつも美しいし、全然ボロボロではないですね。

例えば少女があたしを憎む様なことがあっても
摩れた瞳(め)の行く先を探り当てる気などまるでない


もし少女が勝手に自分の曲を作りやがってと林檎さんを憎んだとしても気にしないという解釈でよさそうです。

徒(いたずら)に疑ってみたりしないで大丈夫
いま君が独りで生きているなんて云えるの
君は常に常にギリギリで生きる
あたしは何時も君を想っているのに


無駄に何もかもを疑ったりしないでね。
君は一人じゃないよ。
常に生きているか死んでいるかわからないように生きているけど、ちゃんと君のことは想っているよ。

という意味で解釈しています。優しいような、ちょっとうざいような感じですかね。

髪の毛を誘う風邪を何ともすんなりと受け入れる
眩しい日に身を委せることこそ悪いこととは云わない

無理矢理に繕ってみたりしないで大丈夫
いま君のために歌うことだって出来る
あたしは何時も何時もボロボロで生きる


無理矢理に自分を偽ったりしなくても大丈夫だよ
といった意味合いがありそうです。

不登校やいじめ、自殺といった内容にも光を当てているような曲です。
家入レオさんの「Linda」も焦点が似ています。

この曲に救われた人も中にはいるのかな・・・・









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