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死神の岬へ(スピッツ)

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今日はスピッツ"死神の岬へ”という曲について好き勝手語ります。
この曲は全体的に無理心中の曲のようにも聞こえます。
スピッツで心中っぽい曲といえば”青い車”という曲を思い出す人もいるかもしれません。
青い車はベストアルバムにも収録されるほどメジャーなので、様々な解釈が飛び交っています。
ただ、この死神の岬への方が心中っぽいと思います・・・・
しかし、この曲は一方的にネガティブ方向の曲というわけではございません。
生きていくことに嫌気を指している二人を表現した後に「いくつもの抜け道をみた」と曲の最後をしめています。

もしこの”抜け道”を入水や自殺と解釈すると、だいぶ危ない曲に聞こえてしまいます。
ただし、曲のメロディはそれほど暗くも過激でもなく、タンタンとした感じです。

私はどちらかというとこれは自殺とかの曲ではないと思っています。
何かに嫌気をさしていることや失望を表現した後に、何とか抜け道はあるよというような、前向きな曲と思っています。

さてと、では歌詞を見ていきましょう。

愛と希望に満たされて 誰もかもがすごく疲れた
そしてここにいる二人は 穴の底で息だけしていた
古くてタイヤもすり減った 小さな車ででかけた
死神が遊ぶ岬を 目指して日が昇るころ出かけた


愛にも希望にも満たされているけど、すごく疲れて、息苦しくしている。
そんな二人の様子を表しているような古くてタイヤもすり減った車で出かけた。
といった感じでしょうか。
死神はとにかく、岬(海)を日が昇るころ(=朝)に目指す、というシチュエーションは”青い車”や”海を見にいこう”と似ています。

二人で積み上げて 二人で壊したら
朝日に溶かされて 蒼白い素顔が現れた


”蒼白い素顔””って、根暗な素顔という意味でしょうか。

ひやかすつもりはないけど にやけた顔で蹴散らした
死神が遊ぶ岬でやせこけた鳥たちに会おうか


”やせこけた鳥たち”という歌詞からもこの世の最後のような感じもします。
ただ、メロディはそんな感じではなくタンタンとしています。

そこで二人は見た 風に揺れる稲穂を見た
朽ち果てた廃屋を見た
いくつもの抜け道を見た


風に揺れる稲穂(=何気ない光景)
朽ち果てた廃屋(=失望の光景)
いくつもの抜け道を見た(=それでも抜け道はある)
こんな印象でしょう。


歳老いた野良犬を見た
ガードレールの傷を見た
消えていく街灯を見た
いくつもの抜け道を見た


これもおなじように
歳老いた野良犬(=絶望)
ガードレールの傷(=先に心中をした人の跡)
消えていく街灯(=失望)
いくつもの抜け道(=そんな中でも存在する抜け道)


以上のような解釈を勝手にしています。
”抜け道”をどうとらえるかによって曲の意味が大きく変わります。
私は抜け道=生きる希望 と思っています。

あと、この曲から”アルバム曲”というものについて持論をほざかせてください。
この曲は「スピッツ」というバンド名を使ったアルバムの曲です。
”死神の岬へ”や”トンビ飛べなかった”では生きることの失望も表現しているのかもしれません。
しかし、”ヒバリの心”では「僕らこれから強く生きていく!」と叫ぶように力強く歌われています。

アルバムは生け花のように花と草を生かして作品とするものでもあります。
この”死神の岬へ”は草で”ヒバリの心”を花とすれば、見事にかっこよく、美しいアルバムになっているということです。


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