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愛妻家の食卓(椎名林檎)

今日も更新します!

今夜は椎名林檎女史”愛妻家の食卓”という曲について好き勝手語ります。

この曲の意味は単に献身的な女性の様子を描いているだけとも思いましたが、よく聴くと夫を殺害する怖い曲のようにも思えます。
ネットでもそう噂されていますし、私も歌詞とリズムから判断して、その解釈で間違っていないと思います。

柔らかめな音楽でそう歌われると、結構鳥肌物ですね。
そして、この曲を作った林檎女史も、歌で描かれている女性と同様に、古風で献身的な人というイメージがあるので、彼女が実は誰かに殺意を持ったりもしたのかな・・・と考えたりもしました。

曲全体の意味も「私はあなたに尽くすだけのために存在しているのです。お帰りがひどく遅いですね(別の女性のところへ行かれているのですね)。・・・・もう何も要りません。・・・あなたも」
という解釈ができます。

では、歌詞を見ていきましょう。

昼過ぎに珍しくテレビをちょっとだけ観たわ
果物が煙草の害を少し防ぐと言うの
それですぐこの間のお店へ買いに急いだわ
御出掛けになるのなら必ず召し上がってね


この曲が歌われた頃の昼番組で、こういう健康情報を流しているものとえいば「おもいっきりテレビ」のことでしょうかね。
それはとにかく、この部分では妻である曲の主人公の献身的な様子を描いています。
夫の健康のことを常に考え、そのためにはすぐに行動するような内助の功な女性です。

貴方はきっと外では違う顔なのでしょう?
だから此の手は其の疲れを癒す為だけに在るの


外では色んなことがあるのでしょうから、私があなたを支えますね。
そのために私は存在しているのですから。

こういった解釈をしています。


今朝の様にお帰りが酷く遅い日も屡々(しばしば)
明け方の孤独にはピアノで舞踏曲(ボロネーゼ)を

貴方はそっと指先で髪を撫でるでしょう?
だからいま黒く揺蕩(たゆた)うまま伸ばす理由は只ひとつ


夫の帰りをピアノを弾きながら待つ上品な女性の様子が描かれていますね。
それがもし、明け方とかであっても待っているのですね。
髪を漂うままに伸ばすというのは、ひょっとしたら「夫に好き勝手させておく」ことの例えなのかもしれません。
明け方に帰宅するということは、きっと「浮気をしている」ということでしょう。
好き勝手させて切ってしまう・・・・
そういう意味かもしれません。
まぁ怖いですね。
処でこんな情景をどう思われますか
差し詰め勝手気儘な嘘を云いました
態(わざ)とらしい空の色も全部疎ましくて
だから右手に強く握る光など既に見えない・・・
「もう 何も要りません。」



この「もう何も要りません」の後に曲が一瞬止まるようになる感じが「何かを終わらせた」という感じで夫を殺害したという解釈に行きつくのですね。

*”愛妻家の食卓”はアルバム”私と放電”に収録されています。





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